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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)13938号 判決 1990年7月27日

原告

上野孝太郎

右訴訟代理人弁護士

神崎敬直

海部幸造

被告

三菱重工業株式会社

右代表者代表取締役

坂下俊男

右訴訟代理人弁護士

植松宏嘉

主文

一  被告は原告に対し、金三四五万三二二五円を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は原告に対し、金三〇八万八二八〇円及び昭和六二年一〇月以降毎月二〇日限り月額三二万七〇八六円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  2につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、輸送機器の製造、販売等を含む株式会社であり、昭和三九年六月一日、当時の三菱日本重工業株式会社と新三菱重工業株式会社及び三菱造船株式会社とが合併して現在に至っている。

原告は、昭和三七年四月、三菱日本重工業株式会社に雇用され、昭和四二年七月までは東京都大田区下丸子所在の東京自動車製作所、同年八月から昭和五七年三月までは東京都千代田区丸の内所在の被告本社に勤務し、同年四月からは原告が所属していた機械第二事業本部建設機械事業部建設機械第二部が本社から神奈川県相模原市田名三〇〇〇番地所在の相模原製作所に移転したため、原告も相模原製作所で、その業務に従事していた。

2  被告は、原告を解雇したとして、その従業員として扱わない。

3(一)  被告においては、賞与の支給額は次の算式によって計算される。

(本給(a)×職群等級別配分係数(b)×支給率(c)×成績係数(d)+勤続給(e)×勤怠係数(f)

右算式に原告の受給している給与その他の数値をあてはめると、原告の昭和六一年冬期の得べかりし賞与は、次のとおり八一万三〇九九円となる。

(七万六一五〇(a)×四.一九(b)×二.四七(c)×一.〇(d)+二万五〇〇〇(e)×一.〇(f)=八一万三〇九九

(二)  (1) 原告が毎月二〇日に支給される賃金は、本給、勤務給、職能給及び有扶手当からなる。

勤務給は、本給(a)×(支給率(g)+本給段階別付加級数(h))×成績係数(d)によって求められ、職能給は、職群等級別金額(k)×成績係数(d)によって求められる。原告の有扶手当(i)は八〇〇〇円である。

(2) 原告は、昭和六一年九月当時一か月平均三一万九〇三二円の賃金の支払いを受けていた。

したがって、昭和六一年一〇月分から昭和六二年三月分までの賃金合計額は一九一万四一九二円となる。三一万九〇三二×六=一九一万四一九二

(3) 原告の本給は、昭和六二年四月以降は定期昇給により原告の職給である事務技術職群四級の基準定昇額である二二〇〇円の昇給が見込まれ、七万八三五〇円となる。

したがって、原告の受給すべき本級額等の数値をあてはめると、昭和六二年四月以降の賃金額は三二万七〇八六円となる。

七万八三五〇(a)+七万八三五〇(a)×(一.九三〇一(g)+〇.〇七四二(h)×一.〇(d)+(八万一五〇〇+二二〇〇)(k)×一.〇(d)+八〇〇〇(i)=三二万七八〇六となる。

したがって、昭和六二年四月から同年九月までの賃金合計額は一九六万二五一六円となる。

三二万七〇八六×六=一九六万二五一六

(三)  原告の昭和六二年夏期の得べかりし賞与は前記(一)の計算式に原告の受給すべき数値をあてはめると、次のとおり七九万八四七三円となる。

(七万八三五〇(a)×四.一九(b)×二.三五(c)×一.〇(d)+二万七〇〇〇(e)×一.〇(f)=七九万八四七三

(四)  原告は右(一)ないし(三)の未払い賃金等の内三〇八万八二八〇円を請求する。

4  よって、原告は被告に対し、雇用契約上の地位の確認並びに昭和六一年一〇月から昭和六二年九月までの未払い賃金の内金三〇八万八二八〇円及び同年一〇月一日以降月額三二万七〇八六円の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1及び2はいずれも認める。

2(一)  同3(一)のうち主張の支給算式、原告の(a)(b)(c)(e)の数値は認める。(d)は本件不正行為の認定により〇.九六、遅刻は四回をもって欠勤一日とみなし、欠勤が三日を超える一日につき〇.四パーセントを減ずることになるところ、原告には後記過渡措置の適用がないから、対象期間中一二三回遅刻したことになり、三〇日欠勤したものとみなされるから、(f)は、〇.八九二となる。

したがって、算式にあてはめるとすると、(七万六一五〇(a)×四.一九(b)×二.四七(c)×〇.九六(d)+二万五〇〇〇(e))×〇.八九二(f)=六九万七一六六となる。

(二)  (二)(1)は認める。

同(2)は、昭和六一年一〇月の賃金月額は、原告には後記過渡措置適用がなく残業手当がないことになるから、次のとおり三一万三八〇二円となる。

七万六一五〇(a)+七万六一五〇(a)×(一.九三〇一(g)+〇.〇七九八(h)×〇.九七(d)+八万三七〇〇(k)×〇.九七(d)+八〇〇〇(i)=三一万三八〇二

成績係数(d)は同年一〇月に考課がなされ、一一月から適用になったから、原告は最低の〇.八八とするのが相当である。したがって、同年一一月から昭和六二年三月までの賃金月額は次のとおり二九万二四九四円となる。

七万六一五〇(a)+七万六一五〇(a)×(一.九三〇一(g)+〇.〇七九八(h)×〇.八八(d)+八万三七〇〇(k)×〇.八八(d)+八〇〇〇(i)=二九万二四九四

同(3)のうち、被告において、昭和六二年四月に定期昇給があったことは認める。

昭和六二年四月の昇給については、原告の昇給額は最低の一六五〇円となるところ、原告には後記過渡措置適用がなく、毎日三〇分の遅刻があったことになるから、社員昇給規則所定の欠格昇給に該当し、〇.八を乗じて五〇円未満を切り捨てた一三〇〇円となる。したがって、本給は七万七四五〇円となり、つぎのとおり給与月額は二九万五九〇二円を越えることはない。本給段階別付加級数(h)は〇.〇七七〇となる。

七万七四五〇(a)+七万七四五〇(a)×(一.九三〇一(g)+〇.〇七七〇(h)×〇.八八(d)+八万三七〇〇(k)×〇.八八(d)+八〇〇〇(i)=二九万五九〇二

(三)  (三)のうち主張の支給算式、原告の(b)(c)(e)の数値は認める。原告に適用すべき数値をあてはめると次のとおり七四万六八一九となる。

(七万六一五〇(a)×四.一九(b)×二.三五(c)×〇.九六(d)+二万七〇〇〇)(e)×一.〇(f)=七四万六八一九

(四)  同(四)は争う。

三  被告の主張

1  被告は、昭和六一年九月三〇日、原告を懲戒解雇に付した。

原告には次のとおりの行為があり、懲戒解雇事由を定めた被告の就業規則の七二条一項二号「出勤常ならず、又は業務に著しく不熱心なとき」、五号「正当な理由なしに業務命令若しくは上長の指示に反抗し、又は職場の秩序をみだしたとき」、七号「会社の金品を許可なく持ち出し、又は窃取若しくは横領したとき」、八号「会社の事業に関する虚偽の報道その他会社の信用を傷つけ、又は会社の名誉を毀損する行為をしたとき」、一五号「その他前各号に準ずる程度の特に不都合な行為があったとき」に該当する。

(一) 原告は、昭和五七年一二月一日以降相模原市内に借りたアパートから相模原製作所に通勤していたにもかかわらず、被告に現住所変更の届出をせず、従来どおり東京都練馬区の自宅から通勤しているように偽って、通勤交通費補助の支給を被告に申請し、国鉄(当時)の定期券の原物支給を受け、また、バス定期券購入代金相当の補助費として三か月毎に一万五三九〇円宛支給を受けながらこれをバス定期券購入に当てず、ほしいままに費消していた(就業規則七二条一項七号に該当)。

(二) 昭和六〇年七月一日から勤務場所である相模原製作所の始終業時間が八時から一七時までに変更された際、原告は既に相模原市内にアパートを借りてそこから通勤していたので、八時からの通勤が可能であったにもかかわらずこれを偽り、東京都練馬区の自宅から通勤しているので八時出勤は困難であるとして、「通勤困難に伴う特別措置・過渡措置」の適用を申請し、被告を欺罔してその適用を受け、出勤すべき日の朝三〇分遅れて出勤し、残業を三〇分行って、これによる割増賃金を得ていた(前同条項二号に該当)。

(三) 原告は昭和六一年三月、不審者の捜査のため相模原のアパートを訪問した相模原警察署の警察官に対し、右アパート居住を被告に内密にしてほしいと懇願するという異常な態度をとり、被告は、不審を抱いた警察から在籍確認照会を受けるに至り、著しく信用を傷付けられ、名誉を毀損された(前同条項八号に該当)。

(四) 原告は、職場の同僚に対し、執拗に睨みつける、怒鳴る、殴る、体当りしようとするなど粗暴な行動が日常的にあり、同僚に恐れられ、業務に支障を来していた(前同条項一五号に該当)。

(五) 原告は、与えられた業務の進行に著しく熱意を欠き、就業時間中に散歩をしたり食事をするなどし、上司の勧告にも反抗して反省がなかった。また、前記過渡措置の適用事由がないことが明らかになった際、上司が面談を重ねて反省を促したにもかかわらず、全く反省を示さなかった。(前同条項二号、五号、一五号に該当)

2  仮に右解雇が懲戒解雇としては無効であっても、被告は同時に、予備的に普通解雇に付する旨の意思表示をしたものである。

すなわち、同年一〇月一日、被告は、労働組合側から退職金が支給されるようにして欲しいとの要請をうけて、原告を諭旨解雇にするつもりであった(原告が速やかに回答しなかったので、結局発令されなかった。)。また、被告は本件解雇の際除外認定の申請をせず、予告手当の提供をしている。

原告の前記1の各行為は、普通解雇について規定した就業規則七三条一号「精神若しくは身体に故障があり、又はその他の理由により業務に従事させることが不適当なとき」、五号「前各号のほかやむをえない事由があるとき」に該当する。

また、被告は、懲戒解雇に固執せず、原告の地位を不当に不安定にすることもないから、前記懲戒解雇の意思表示は、懲戒解雇の呼称の下になされた普通解雇の意思表示として、その効力が認められる。

3  被告は、昭和六二年一〇月七日付け書面で、昭和六一年九月三〇日の解雇の意思表示が無効のときは予備的に普通解雇する旨の意思表示をし、右書面は同月八日原告に到達した。

四  被告の主張に対する原告の認否

1  被告の主張1の頭書のうち、原告が懲戒解雇に付されたこと(ただし、原告に対し解雇の意思表示がなされたのは昭和六一年一〇月一日である。)、被告の主張のとおりの就業規則の規定があることは認めるが、原告に懲戒解雇該当事由が存することは否認する。

同(一)は、原告が相模原市内にアパートを借りて週に数日使用するようになったこと、被告に現住所変更の届出をせず、東京都練馬区の自宅からの通勤交通費補助を被告に申請し、その支給を受けていたことは認める。原告が右アパートを借りたのは、練馬区江古田の原告の自宅から相模原工場までは片道二時間半以上かかり直接の通勤は到底できないところ、自宅には明治三五年生まれの老父がいて心筋障害、脳血栓のため近所の病院に入院中で、ただ一人の息子である原告は転居することができないので、やむなく出勤を確保するための足場を設けたものに過ぎない。原告は、居住地を変更したものではないから、住所変更の届出をする必要はないと考えていたものである。原告は自宅に帰るのに、被告から現物支給を受けた国鉄(当時)の定期を使用していたし、バス定期代相当額の現金支給を受けた全額をバス運賃に消費したものではないが、他方原告ははるかに多額のアパート代を自己負担し、支払っていた。

同(二)は、「通勤困難に伴う特別措置・過渡措置」の適用を受けたことは認めるが、その余は否認する。アパートを借りた目的使用状況は前記の通りであって、原告は居住地を偽ったものではないから、被告を欺罔して「通勤困難に伴う特別措置・過渡措置」の適用を受けたものではない。自宅から出勤する際に八時始業に間に合わせることは不可能であった。

同(三)は、原告が相模原のアパートで警察官の訪問を受けたことは認めるが、その余は否認する。警察による在籍照会を受けたことが被告の名誉を毀損したことになるものではない。

同(四)、(五)は否認する。原告はその勤務状況について、直接の上司から何の苦情を受けたこともない。

2  同2は否認する。諭旨退職とは、被告の就業規則でも懲戒の章に定められているように、懲戒処分の一種であり、また、除外認定の申請、予告手当の提供は即時解雇に関するものにすぎず、これらをもって被告の普通解雇の意思表示の現れと見ることはできない。

使用者の懲戒権の行使としてなされる懲戒解雇と契約法上の解約である普通解雇とは法的性質が全く異なるものであり、前記懲戒解雇につき普通解雇の効力を認めることはできない。仮に、普通解雇の効力を認めるとしても、懲戒解雇基準の各事由に該当しなければならない。

3  同3は解雇の意思表示があったこと、就業規則に主張の規定があることは認めるが、就業規則の解雇事由に該当することは否認する。

五  原告の反論

被告の就業規則には、懲戒として、けん責、減給、出勤停止及び懲戒解雇の規定がある。また、七二条一項但書には、懲戒解雇事由に該当する場合であっても、情状酌量の余地があると認められるときは、出勤停止又は減給にとどめることがある、と規定されている。

本件においては原告の家庭の事情からしても、もともと相模原製作所への移転が無理であったこと、アパートも居住地といえるようなものではないことから、原告は届出の必要はないと考えていたこと、通勤交通費も原告の通勤確保のための費用の一部にあてられていたこと、始業時間の特別措置適用についても無理からぬ事情があり、職場の秩序を乱すなどの何らの実害がないこと、原告はそれまでの二五年の勤続期間中一度のけん責処分を受けたこともなく、本件についても部長から間延びした指示があったのみで、原告は被告の意志を十分認識し得るものではなかったこと等の諸事情を考慮すれば、懲戒に処するとしても、けん責等の処置で十分であり、又は、七二条一項但書の適用を受けるべき場合であり、本件懲戒解雇、予備的普通解雇はいずれも客観的合理性を欠き、社会的相当性を逸脱した無効なものである。

六  原告の反論に対する被告の認否

原告の反論のうち、就業規則の規定、原告が譴責処分を受けたことがないことは認め、その余は否認し、争う。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当事者等

請求の原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  解雇通告

(証拠略)被告は、昭和六一年九月三〇日、相模原製作所総務部長田邊隆二を通じて原告に対し、口頭で懲戒解雇の意思表示をしたことが認められる。

原告本人尋問の結果中には、原告は右同日、解雇通告まではされておらず、同年一〇月一日に総務部勤労課長前田克彦が右解雇通告書を読み上げた際、解雇通告がなされたものであるとの部分があるが、前掲各証拠に対比して採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  原告の行為

1  原告が、昭和五七年一一月二九日以降相模原市内にアパートを借りてそこから相模原製作所に通勤していたにもかかわらず、被告に現住所変更の届出をせず、従来どおり東京都練馬区の自宅から通勤しているとして、通勤交通費補助の支給を被告に申請し、国鉄(当時)の定期券を現物支給され、また、バス定期券購入代金相当の補助費として三か月毎に一万五三九〇円宛支給を受け、これをバス定期券購入に当てていなかったことは当事者間に争いがない。

原告本人尋問の結果により(証拠略)次の事実が認められる。

原告は、東京都練馬区栄町二七番地所在の自宅に父親と二人で居住し、同所から千代田区丸の内の被告本社等に通勤していたが、所属していた建機第二部が相模原製作所に移転後、昭和五七年五月から、相模原駅近くのビジネスホテルに泊まって通勤するようになった。原告は、さらにその後前記の通りアパートを借り、原告の父親は心筋障害、脳血栓後遺症により同年二月以降自宅近くの病院に入院中のところ、原告は独身で、原告の母も既に死亡していたので、原告が金曜日夜から日曜日までは自宅に帰り、家の管理や父親の見舞いをしていた。原告は週末自宅に帰るときは被告から現物支給された国鉄の定期券を使用していたし、また、現金支給を受けた全額をバス代に消費したものではないが、他方原告は右支給されたバス代相当額を越える金額(昭和六〇年一一月以降賃料共益費合計月額六万円)をアパート代として支払っていた。

(証拠略)相模原製作所の交通費補助の制度とは、従業員が交通機関を利用して通勤する場合に、原則として定期券を支給し、例外的に遠い地域のバス路線で旅行会社等の代理店を通じても同製作所で定期券を購入できない場合のみ現金を支給して本人が購入するものとするが、一旦支給を受けた後定期券を購入しないことになった場合にはこれを返還するものとされていたことが認められる。

2  昭和六〇年七月一日から勤務場所である相模原製作所の始終業時間が、従前八時三〇分から一七時三〇分であったのが八時から一七時に変更された際、原告は東京都練馬区の自宅から通勤しているので八時出勤は困難であるとして、「通勤困難に伴う特別措置・過渡措置」の適用を申請し、その適用を受け、出勤すべき日の朝三〇分遅れて出勤し、残業を三〇分行って、これによる割増賃金を得ていたことは、当事者間に争いがない。

(証拠略)被告の建機第二部が右相模原製作所に移転してからは、原告は、練馬区の自宅から西武池袋線江古田駅まで徒歩、江古田駅から中野駅まで路線バス、中野駅から八王子駅まで中央線、八王子駅から相模原駅まで横浜線、相模原駅から相模原製作所まで送迎バスと乗り継いで通勤し、その通勤時間に片道約二時間一五分かかるようになった。なお、原告の自宅から相模原製作所までは、江古田駅から池袋駅まで西武池袋線、池袋駅から新宿駅まで国鉄、新宿駅から町田駅まで小田急線、町田駅から相模原駅まで横浜線という経路があり、これによれば、五時五三分江古田駅発で七時二一分相模原駅に到着し、八時までに相模原製作所に通勤することも可能で、原告は、昭和五七年三月には当時の舌間部長から右経路があることもきいていたが、それに従うことはなく、また、前記過渡措置の適用申請書にも右中野八王子経由以外には利用交通機関はないと記載したりしていた。

3  原告が昭和六一年三月、相模原のアパートで不審者の捜査をしていた警察官の訪問を受けたことは、当事者間に争いがない。

(証拠略)昭和六一年三月ころ、東京サミットを控えて神奈川県相模原警察署が行ったアパート等の居住者の確認調査中、原告は相模原のアパートに同署員の訪問を受けて被告の従業員であると答えたが、同所に住民登録もしておらず、また、被告には内密にしておいて欲しい旨警察官に頼む等不審な点があったことから、同警察署は被告に原告の在籍照会をしたこと、原告は、被告に自宅を住所として申告していたため、被告は原告が相模原市内に居住している事実を把握していなかったことが認められる。

原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に対比して採用することができない。

4  (証拠略)原告は、昭和五七年四月に相模原製作所に転勤した以降に限っても、職場において、同僚に対し、執拗に睨みつける、体当りしようとする、電動タイプライターを使用する者に「音がうるさいのでほかへ移せ」と要求したり、隣席の女子社員を、書類がはみ出したとして咳ばらいをしてにらみつけたり、隣席に書類を高く積むと「光が入らず暗い」と抗議して、その女子社員の椅子を小突いたりするなどの行動が日常的にあり、昭和六〇年一〇月上旬ころには、労働組合の機関紙を原告に配り忘れた者に「なぜ俺に配らない。この馬鹿者め」といって頭を小突いたり、同僚に恐れられ、業務に支障を来していたことが認められる。

原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に対比して採用することができない。

5  (証拠略)

原告は与えられた業務の進行に著しく熱意を欠いていた。すなわち、原告は、昭和五〇年七月ころから、英字新聞の建設機械に関する記事を選んで切り抜き、翻訳する仕事を担当させられるようになったが、米国の大学に留学した経験があり、英語検定試験の資格も有しているのに、極めて稚拙な翻訳しかせず、また、昭和五八年ころ、販売会社とタイアップした関連商品販売の仕事を担当させられた際にも、詳細に指示を与えられても手取り足取りされなければ何も進まず、仕入れ元や販売会社との関係もうまく行かなかった。そして、原告は、被告における階級も同期同学歴(大学卒業)の者より低く、成績考課も低位であったため、上司が意欲を喚起すべくアドバイスしたが、その上司にみえないところから声を出さずに「馬鹿」といったり、新たに与えられた統計の集計作業の仕事を、自分のレベルでやるものではないとして女子社員に押し付ける等した。また、就業時間中に散歩をしたり食事をすることもあった。

さらに、右のとおり就業規則違反の事実が明らかになったため、昭和六一年六月二〇日から八月七日までの間、田邊から事実を正確に述べるようくりかえしいわれたにもかかわらず、相模原のアパートには週二回くらいしか泊まっておらず、通常は練馬から通勤しているから特例扱いの適用は当然であるとか、問題解決のためには丸の内の本社に戻して欲しいとか述べたりして、全く反省の態度を示さなかった。

原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に対比して採用することができない。

四  懲戒解雇事由該当性

前記三1の原告の行為は、平日は殆ど利用しない通勤経路を利用していると虚偽の申告をして、被告から通勤費相当額の金員等を騙取するものであり、就業規則七二条一項一五号(七号に準ずる)に該当すると認められる。

前記三2の行為は、平日の通勤所要時間を過大に申告して、過度措置の適用を受け、一定時間の遅刻を無事故扱いとして認めさせ、始業時間後の出勤をしていたものであるから、同条項二号に該当すると認められる。

前記三3の行為は、警察官に不審を抱かせる奇異な行為ではあるが、同条項八号に該当するものとまでは認められない。

前記三4の行為は、職場の同僚に迷惑、不快感を与えるものではあるが、いまだ同条項五号あるいは一五号に該当するとまでは認められない。

前記三5の行為は、原告の勤労意欲の乏しさ、執務能力の劣ることを示してはいるが、いまだ懲戒事由である同条項二号あるいは一五号に該当するとまでは認められない。

五  懲戒解雇権の濫用

本件において懲戒解雇事由に該当する前記各行為は、長期間にわたり被告を欺罔して不正に利益、特例扱いを受けていたものであり、また、原告は、右各行為が被告に判明してから、前記のとおり総務部長田邊との面談の際問いただされたにもかかわらず、自分本位の主張を繰り返して一向に改めようとしなかったものであって、反省の態度がうかがわれない。

しかしながら、原告が右アパートを借りて使用していたのは、老父の世話をするため練馬区の自宅を離れてしまうことが困難であったこともその一因であったこと、支給を受けた国鉄の定期は自宅に戻るときには使用し、バス定期代は全額使用してはいないが、これを上回る額のアパート代を支払っていたこと、原告は前記のとおり懲戒解雇に付されるまでの二四年の勤務期間中全く処分歴がないこと等を考慮すると、企業秩序違反に対する制裁である懲戒処分としては、懲戒解雇を選択したことは重きに失し、客観的合理性を欠き、社会通念上相当性を欠くものとして、無効といわざるをえない。

六  普通解雇

1  被告は、前記懲戒解雇の意思表示と同時に普通解雇に付する旨の意思表示をしたものであると主張する。

(証拠略)同年一〇月一日、被告は、労働組合側から原告に退職金が支給されるようにしてほしいとの要請をうけて、原告を諭旨解雇にするつもりであったが、原告が速やかに回答しなかったので、結局発令されなかったこと、被告は本件解雇の際除外認定の申請をせず、予告手当の提供をしていることが認められる。

しかしながら、(証拠略)原告の前記就業規則違反の行為が発覚後、被告は、懲戒委員会において懲戒処分についてのみ検討してきたものであり、原告に交付された書面には懲戒解雇に処すとして懲戒処分についての前記就業規則七二条のみが記載されていることが認められ、懲戒解雇であっても、解雇の予告が必要な場合もあるから、懲戒解雇において解雇予告手当が提供されたからといって、普通解雇の意思表示があったとすることはできない。また、成立に争いのない(証拠略)によれば、被告において、諭旨解雇は、懲戒解雇に該当する場合に情状により選択しうる処分で、退職金が支給されることが定められてはいるが、その額は事情せん議のうえ支給されるとされており、やはり懲戒処分の一種というしかないから、諭旨解雇は付する用意があったからといって、前記懲戒解雇の意思表示がなされた際同時に普通解雇の意思表示もなされたと認めることはできない。

被告は、右懲戒解雇は、懲戒解雇の呼称の下になされた普通解雇として、その効力を認めるべきである旨の主張もしているが、懲戒解雇と普通解雇とはその根拠を異にするものであり、被告においても懲戒解雇と普通解雇は就業規則上別個に規定がなされているし、前記認定の懲戒解雇にいたる経緯、解雇通知書の記載等によれば、前記懲戒解雇の意思表示が普通解雇の意思表示としてその効力が認められるものと解することはできない。

2  被告は、昭和六二年一〇月七日付け書面で、昭和六一年九月三〇日の解雇の意思表示が無効のときは予備的に普通解雇する旨の意思表示をし、右書面は同月八日原告に到達したことは、当事者間に争いがない。

原告の前記各行為は普通解雇について規定した就業規則七三条一号、五号に該当する。そして、被告が即時解雇に固執するとは認められないから、右意思表示到達の日から三〇日後の同年一一月七日の経過をもって原告と被告との雇用関係は終了したことになる。

七  普通解雇権の濫用について

原告は、原告を普通解雇に付することは、解雇権の濫用であると主張する。

しかしながら、原告は勤労意欲に乏しく、執務成績も劣り、日常的に職場の同僚に不快感を与える行動を繰り返していたところ、通常の通勤経路を偽り通勤費相当額の金員等を騙取し、また、虚偽の申告をして、特例扱いを受けて出勤時間を遅らせ、かつ残業手当を受給していたなどの前記三の各事情を総合考慮すると、被告が原告を解雇に付して、その雇用関係を終了させたことが客観的合理性を欠き、社会通念上相当でないとは認められないから、右普通解雇は無効となるものではない。

八  未払い賃金等

原告は、前記認定のとおり懲戒解雇に付された日の翌日である昭和六一年一〇月一日から右普通解雇により雇用関係が終了した昭和六二年一一月七日までの間の賃金を請求することができるが、その額は、原告が懲戒解雇されなければ確実に支給されたであろう賃金額となる。ところで、原告の請求する月毎の賃金及び期末手当額の算定式が原告の主張の通りであることは当事者間に争いがないが、右算定式には、被告の査定等によりその数値が定まる部分が含まれているところ、原告には就業規則に違反する行為等があり、それが被告に判明したものであることは前記認定のとおりである。

そうすると、当事者に争いのない事実、(証拠略)の全趣旨によれば、被告の査定等により算定され、支給を受ける蓋然性が極めて高い原告の賃金等の合計額は、次のとおりであり、これを越える額の支給を受けたであろうことを認めるに足りる証拠はないといわざるをえない。

1  昭和六一年一〇月分賃金月額 三一万三八〇二円

七万六一五〇(本給a)+七万六一五〇(a)×(一.九三〇一(支給率g)+〇.〇七九八(本給段階別付加級数h))×〇.九七(成績係数d)+八万三七〇〇(職群等級別金額(k)×〇.九七(d)+八〇〇〇(有扶手当i)=三一万三八〇二

2  同年一一月から昭和六二年三月までの賃金月額合計一四六万二四七〇円

七万六一五〇(a)+七万六一五〇(a)×(一.九三〇一(g)+〇.〇七九八(h))×〇.八八(d)+八万三七〇〇(k)×〇.八八(d)+八〇〇〇(i)=二九万二四九四(成績係数が一〇月に見直され、一一月から適用になった。)

二九万二四九四×五=一四六万二四七〇

3  昭和六一年冬の賞与

(七万六一五〇(a)×四.一九(職群等級別配分係数d)×二.四七(c)×〇.九六(d)+二万五〇〇〇(勤続係数e))×〇.九四四(勤怠係数f)=七三万七八〇七

(勤怠調査期間の昭和六一年四月一日から九月三〇日までの間原告が本来適用がない前記過渡措置を利用した日数は合計六六日あると認められるから、欠勤一七日とみなされ、勤怠係数(f)は、三日をこえる一日ごとに〇.四パーセントを減じた〇.九四四となる。)

4  昭和六二年四月から同年九月までの賃金合計 一七七万五四一二円七万七四五〇(a)+七万七四五〇(a)×(一.九三〇(g)+〇.〇七七〇(h))×〇.八八(d)+八万三七〇〇(k)×〇.八八(d)+八〇〇〇(k)=二九万五九〇二二九万五九〇二×六=一七七万五四一二

5  昭和六二年夏の賞与

七四万六八一九円(七万六一五〇(a)×四.一九(b)×二.三五(c)×〇.九六(d)+二万七〇〇〇)(e)×一.〇(f)=七四万六八一九

6  同年一〇月の給与 二九万五九〇二円

7  同年一一月一日から七日までの給与

六万九〇四三円二九万五九〇二×七÷三〇=六万九〇四三

原告は、昭和六二年九月までの賃金等については内金三〇八万八二八〇円を請求しているから、右同額並びに同年一〇月一日の給与二九万五九〇二円及び一一月一日から七日までの給与六万九〇四三円の合計三四九万三二二五円を請求することができる。

九  結論

よって、原告の本訴請求は、未払い賃金三四五万三二二五円の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一八九条を適用して(仮執行の免脱宣言については相当でないから申立てを却下する)、主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷川誠)

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